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新選組流山顚末記

慶応4年前期の新選組-甲州・足立・流山での動向の史実を解明。 通説とはまったく異なった経緯が次々と明らかに。

あくまでも戦うことを主張した近藤勇は、会津へ逃げる途中でたまたま滞在した醸造家「長岡屋」で新政府軍に包囲され、町を戦禍から救うために土方歳三の制止を聞かずに自首をした。
これはすべて、結果から語られた創作だった。
新選組の流山本陣は「鴻池」、甲州戦争前後の移動経路詳細や、五兵衛新田金子家への旧新選組の屯集開始を3月14日と特定するなど、最新説での決定版。

新選組流山顛末記

著書紹介-新選組流山顛末記
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慶応4年前期の新選組-甲州・足立・流山での動向の史実を解明。 通説とはまったく異なった経緯が次々と明らかに。
あくまでも戦うことを主張した近藤勇は、会津へ逃げる途中でたまたま滞在した醸造家「長岡屋」で新政府軍に包囲され、町を戦禍から救うために土方歳三の制止を聞かずに自首をした。
これはすべて、結果から語られた創作だった。
新選組の流山本陣は「鴻池」、甲州戦争前後の移動経路詳細や、五兵衛新田金子家への旧新選組の屯集開始を3月14日と特定するなど、最新説での決定版。

☆発刊後の訂正と補足

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[訂正1]近藤勇らの道程1

上椚田村の位置を誤解しており、上記が正しい地図になりますが、近藤らの軍資金や人的支援の依頼については変わりありません。(P38)

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[訂正2]近藤勇らの道程2

「翌日は甲州道中を進まずに、南方の上椚田村へ回り」という部分を、「翌日は甲州道中を上椚打村から」に変更となります。(P39-L9)

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[補足1]土方の援軍要請1

土方が甲州~江戸に戻った件で、物理的に有り得ないという自説で、当事者の記述を否定している方がいます。拙著では講演等でも解説の通り、訂正すべき部分はありません。(P44)

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[補足2]土方の援軍目的

土方の江戸行きの目的は「菜葉隊」に援軍を求めるためと諸史料に記述されているのは事実です。ただし、この時点で「菜葉隊」は存在せず、実の目的は未確定です。(P44)

informationお知らせ

2015年7月8日
本著は流山での新選組に関する記述が主目的とされているため、流山の記述以外では難解な原文や裏付け史料等が省略されている場合があります。特に甲州戦争前後の部分は、大幅に割愛されていますが、甲州~流山を旧説で考えていると、流山に至る経緯が理解できません。説明不十分な箇所がありますが、甲州での新説も併せて紹介しているものです。
詳細をご希望の方には、発刊以来、解説をさせていただいておりますので、ご連絡ください。
2015年7月8日
書籍の専用ページを開設しました。講演をはじめ一部で紹介している訂正2箇所と補足2箇所を記載しました。なお、現時点でこれ以外に訂正すべき大きな問題箇所はありません。
2009年2月25日
初版発刊。新人物往来社の新選組書籍164冊目であり、大出俊幸氏の編集による最後の新選組書籍となりました。
通販「新選組御見世」でも販売中です。

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松下英治

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